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2005年12月12日
4夜連続!TO*SCA歳末大感謝特集
今年もクリスマス撲滅委員会から『サンタ狩り』の召集命令が届きました下山けんと、冬は湯豆腐を最高の楽しみにしているお茶目な東京人28才です。平和なクリスマスを邪魔する奴には今年こそ「やらせはせんッ!やらせはせんぞ〜〜ッ!(@ドズル・ザビ)」と叫ぶクリスマス肯定派に回りたい気持ちで一杯でございますが、とりあえず明るく今宵もこんばんは。
ぐわッ!超久しゔりだよッ!
と、気がつけば今年も本当に終了。
いやあ、色々あったよね今年は。
まあ文句を言いたい事も多々あったし自暴自棄になったこともあったし勉強になることもたくさんあったわけですよ。
で、もう来季への準備は始まってるわけで色々やらなきゃいけないことも山程ある。
てゆーか来年はTO*SCA続けるのか!?知らんよ俺は、まだ決めてないよッ。
どーすんの!?どーすんの俺ッ!?(@オダギリジョー)
そんなこんなで今オフに様々な変革があるわけでして、色々思う所も多々あります。
一つの文として読み物にするのは大変面倒なので、一つ一つ項目を作ってノホホンと書き綴りつつ、今年の東京を振り返り、来年、そして今後の東京を考えてみませう。
では、「4夜連続!TO*SCA歳末大感謝特集−今年の冬は隣にアナタがいてほしいの2005−」いってみよ。
<第1夜:『さらばハラ★ヒロミ』>
僕たちとハラ★ヒロミの関係はサポーターと監督の出会いとして幸運かつ幸福な物であって、 今までのJリーグの中でも非常に稀なケースだと思う。
彼の持つサッカーへの哲学、チーム作りの方向性が多くの東京サポーターに受け入れられたのは、歴史が浅く進化の過程にあるFC東京と彼が2度目の監督キャリアであるという双方のタイミングが合致した時勢的条件と、サポーターのキャラと彼の人間性がマッチしたという偶発的な条件が見事に化学反応を起したからだろう。
この出会いはもう奇跡と言ってもいいと思うんだよね。
先に言っておくけれど僕ももちろんハラ★ヒロミが大好きで、彼のマイクパフォーマンス(プロレスじゃないけど)や強気でポジティブな采配など見ていて気持ちの良い時があったし、なによりあの人柄によってだいぶ救われた事は多々あった。もしナビスコカップ優勝という結果が取れていなかったとしても、恐らく僕は彼との出会いをけして後悔はしないだろう。
僕たちの歴史の中でハラ★トーキョーは必要な時代だったと確信している。
ただし。
やっぱり今回の退任は正直妥当だったと思う。
ゴール裏のサポーターや多くの東京ファンはハラ★トーキョー継続を支持していたみたいだけども、僕個人の意見としてはやはり行き詰まりと方向性の限界を今年の東京を見ていて感じたんだよね。
前半戦の連敗についてなんかはもう今さらとやかく言うつもりはないし(その辺は前半戦を振り返るでとことん書いたし)、後半戦で負けない時期が多かったのは確かだけれど、でも実は「負けないけど勝ちきれない」という問題は2003年からの課題なわけで、意図して狙った攻撃がバッチリはまって勝つ(もしくは引き分ける)っていう試合が2003年以降増えていないのも事実。
更に高みを目指すにはグループとして戦うサッカーの質を上げる事。
個人の質は徐々に上がってきていると思う。
今度はその個人の能力が上がった状態でチームそのものの戦い方を向上させなければいけない。
それにはそれを遂行できる最善の人の元でチームを作って欲しい。(もちろんハラ★トーキョーをベースとして活かす事を前提で)
だから、本当にハラ★ヒロミには「ここまで辿り着いてくれてどうもありがとう」と心の底から感謝して、次の人にバトンを渡そう。惜しまれて辞めるくらいが一番美しい去り方だと思うしね。
さて。
もう一つ違う観点でハラ★ヒロミとの別れを考えてみよう。
僕が愛するチームは今も昔もこの東京だけ。
だけれども僕が共に過ごした監督は3人しかいない。
最初の今井さん(アウェイ甲府でサポーターにブドウをくれたっけ…)は1年もしないうちに別れ、大熊さんとの付き合いはとにかく長くて8年強。そして愛すべきハラ★ヒロミとは4年。
僕の東京ライフはこの3人に(むしろ2人に)支えられてきた。
だからほとんどの人は1人、ないしは2人の監督としか付き合いがないんじゃないかな。
それは、いかに東京のフロントが長期政権が好きかを裏付けているわけだ。
まあそのおかげでチームは着実に基盤を固める事が出来たわけだし、一つの方向性を常に守ってやってこれたわけだ。
それは「コツコツやればなんとかなる!」という信念を自信に変えられた今の僕たちの強みでもある。
ただしその反面、今年の連敗期間のような突発的なトラブルに見舞わた際に監督を代えるべきか代えないべきか判断のつかない事態に陥ってしまうという経験不足を露呈してしまった。
あの時、「ココで原さんを替えたら浦和の二の舞いになるから継続させるべき!」という声はインターネットはもちろんの事、東京ファンの集う飲み屋でもよく聞かれたセリフじゃないだろうか。
実はコレこそが今の僕たちの圧倒的な弱さだと思うんだよね。
僕たちはJリーグの中でもようするに末っ子(もしくは中間子)の類で、10年くらい前に生まれた兄たちの失敗や成功を見てきたからココまで上手に世を渡ってこれた。
この『人のフリ見て我がフリ直せ大作戦』は僕たちの利点でもあり、得意技でもあるんだけれども、おかげでなかなか独自の引き出しが増えてくれないのも事実だし、昇格以降万年中位と伸び悩んでいる原因でもあるんだろう。
僕を含めてファンってのは偉そうにああでもないこうでもないと様々な事を論じるけれども、こと東京においてはまだチームもファンも経験してない事が多々あるわけで、言うなれば「耳年寄り」「知ったかぶり」になってしまっている部分があるわけだ。
「誰が何と言おうと周りを気にするな」をモットーにしているはずの僕たちは、実は周りチームの動向や歴史を一番気にしていたという皮肉な状況を生み出しちゃっているのよね。
で。
先ほどの話に戻ると、「シーズン途中で監督を替えるべきか否か」という問題を自分達の経験で考えられないのは単純に監督を代えた事がほとんどないという事実から生まれた事であってそれがより自分達の身をどんどんと重くしてしまっている事に繋がると思うんだよね。 (かと言って監督を次々代えればいいってわけじゃないのは皆さん分かってると思うけど)
そういう事を踏まえて考えると4年の任期で監督交代というのはけして悪いタイミングではないし、これから上を目指しながら様々な監督に出会うのも僕たちには必要だと思う。
だからこそココは保守的に、感傷的にならずに新監督を選んだ(まだ決まってないけどさ)チームの英断だと思えばよいのでないかな。
もし監督人選を失敗しちゃったら?
それはその時だ。
そういう失敗もよい経験になるだろうし、その次のために活かせばいい。
(でも失敗なんて嫌だから今回の監督人選はとても大事なのですよ)
最後に。
12年間東京と付き合ってきた物好きな人間として生意気な事を言わせてもらおう。
きっと最近東京を見始めた多くの人にはハラ★ヒロミとの別れはコレ以上ないツライものだったんじゃないだろうか。
あんなにも愛くるしい監督はそう滅多に出会えるわけじゃないだろうから。
別れが未来の全てを曇らせてしまうのは致し方のないことだ。
でも大丈夫。
僕が初めて出会った大エース、誰よりも愛してやまなかった名フォワード、“関浩二”が東京を去り平塚へ移籍した時には僕だって目の前が真っ暗になった。
僕にとって関浩二は16才にして生まれて初めて「選手を信頼する」という事を教えてくれた人。
東京の名を世に馳せようと同じ夢を描き共に走り本当に結果を出してくれた偉大な人物。
1995年天皇杯、鹿島スタジアムで破れ、彼が僕たちの前を去った時、次の年の事なんか全く考えられなかった。
2年間作ったものが壊れてしまうのではないか?
そんな不安に包まれた。
しかし、そういう別れがあって初めて僕らは更に強くなっていく。
彼と僕らの作った歴史があるからこそ今の東京がある。
そのことに気付いたのはあの別れから何年かしての事だった。
もしアナタが、
「こんなにも愛した人がこのチームの歴史の中にいる」
それをいつか誇りに思える時がきたら、その時こそ本当に一つのサッカークラブの歴史の中に足を踏み入れるわけなのですよ。
で、僕みたいな先輩風吹かせる奴が偉そうに言ってあげよう。
「ようこそ。新たなるサッカーの世界へ」って。
【下山けんと】
明日の「TO*SCA歳末大感謝特集−今年の冬は隣にアナタがいてほしいの2005−」は『アモローゾって“愛人”って意味だって知ってた!?』です。どうぞお楽しみに。